人間への恩 インタビュー記録 日付:2017/■■/■■ 場所:猫炭スミ住居 概要: 彼女の生まれてからこれまでの半生の概要、 並びに人間への親和性のヒント  儂、今は働いとらんけどな、働いてみたいと思わんわけではないぞ。  そもそも、儂は元々ヒトのような心を持った生き物ではなかった。いや、初めのうちは生き物だったかすらわかん。よう覚えとらん。だがいつしか、気がついたら山に住み着くケモノのようなヒトのようなものになっとった。そんで、神様として祀られるようになっとった。儂が鉱物を結晶化させるところを見とったんじゃろう。いつしか神社までできてな。山岳信仰のように崇められるようになった。  いつだったかのう、山のふもとの人間とは違う者がきて、おいなりさんおいなりさんというんじゃ。笑ってしまってのう。姿を見せてやったら腰を抜かされてしもうて、その娘に悪いことをしたと思うて、何が欲しいかというたら銭に困ってるという。儂が金結晶を升一杯だけくれたやったらますます腰を抜かして、一生お仕え致します、なんて言われてしもうた。まあその時にいろいろ話をして、んで、猫又の妖怪になるというのが一番いい塩梅じゃろうということになった。 その時がまず一番のきっかけでな。ああ、ヒトというものといるというのは、こんなにいいものかと。儂もずいぶん変わったと思うた。  その後その娘がまた戻ってきて、儂に備えていったのが、なんとも美しくなんともうまそうな鉱石の装飾品じゃった。ありゃなんだったかのう、虎目石、とかいったか。それをこう、なんとも繊細できらびやかに繕っておってのう、見た目でこんなに変わるものか、ヒトにはそんなことができるのかと儂は心底感動した。まあ儂がそれをこんなに美味いものは初めてだといいながら食ろうたらまたその娘腰を抜かしておったなああっはっは。  まあ、そんなことがあってから、ヒトともっと関わってみたいと思うようになってな。しかしその、社をそのままにして開けてしまうわけにもいかぬし、娘っ子にそう何度も往復させるわけにもいかぬし、暫くはそれでも社におったんじゃが、段々いてもたってもおらんようになって、一筆したためて行くことにした。社の壁に水晶でもって、神主達が占いで読むやつ、甲骨文字だったか、あれを見よう見まねで彫り込んで「今まで騙していたが儂は妖怪じゃ。詫びの印としてこの願い事を叶えてくださる水晶を置いて行くから許しておくれ」として、そこを出たわけだ。  それで、行くあてもなかったし、暫くは娘っ子と一緒に過ごした。だいぶ感性の違いもあったが、面白いもんをいっぱい見せてもらってな、楽しく暮らしとったのを覚えとる。だが、もちろん妖怪と暮らして豊かになったうちがあるなんてことになれば噂になりであろう?一悶着あってな。それでも、儂が村のために鉱石を加工してやると、それでしばらくもったんじゃが、とうとう村の長が儂を娶ると言い出してな。儂は、まあそれでもええかと思うたんじゃが、娘っ子が急に嫌だと泣き出してしもうての。何とかなだめすかして儂は長の家に行ったんじゃが、とたん蔵に閉じ込められてな。お前は我のものだから他の者には一切貸さぬ、ここからお前は出るなと言い出す。わしはてっきり妻のひとりとして扱われるものとばっかり思っとったから驚いてしまった。まるでこれでは糠床ではないかと文句を垂れたが聞き入れられず、そのまま長はどこかへ行ってしまった。  それでも、まあええかと思った。ほら、儂、こんなんじゃろ?本当はほんの少しの鉱物さえあればながらえるし、ヒトの寿命もたかが知れとる。あと20年30年は待ってやろうかと思っとった。  ところがある晩あの娘っ子が蔵に飛び込んできてな、儂をそこから連れ出したんじゃ。全く困ったおてんば娘じゃった。昔くれてやった水晶の短刀を首に当ててな、儂がこんのならここで生き絶えて見せるとくる。行くしかなかったのう。  それからはいろんな村々をまわりながら、儂がまじないの真似事をしたり結晶を作ったりして娘が売って、そんな具合であちこち旅して回った。あの頃は鉱物やら結晶やらなんて言葉は村人にはまだまだ浸透しとらんから、やれ龍の涙じゃ、それ天狗の爪じゃ、なんて具合にすれば珍し物好きがどんどん買って行ったなぁ。そうやって儂はヒトの暮らしを覚えて行った。  そのうち、娘にも寿命がきて、儂一人になった。そこで、娘のために小さな墓を建ててやって、それからまた田舎に家を建てて暮らすようになった。という話じゃ。  何の話だったかのう?ああそうそう、働期待という話じゃったな。どうもひとに話を聞いてもらうと気持ちが晴れやかなものだから話しすぎてしまうな。はっは。そんなわけでな、儂は感謝しとるんじゃよ、ひとにな。だからひとに恩返しがしたいというところが大元の思いじゃ。  だがな、こればっかりはいくら炭からダイヤモンドが作れても、それを加工することができても、ままならぬ。安く宝石をくれやれば、そのものは豊かになる。だが、それでは儂のもらったものを全く返せない。儂がもらったものは、豊かさではくれてやれんのだ。まあ、これは儂の独りよがりみたいなもんじゃな。儂がひとに近付いて感じた、気持ちが澄んでいくような、心が美しい結晶になって行くようなあれを、ひとにも返したいと欲してしまう。  しかし、儂、こんなちんちくりんななりじゃし、奇怪であろう?今の働き方としては企業だのという大きなところへ入って働くのが主流らしいが、そんなことはもちろんできん。昔のように神だの妖怪だのと公言することもできぬ。他の職も、儂のようなのんびり屋には向かんものばかりじゃ。だから、こうして今は儂にぴったりな仕事が見つかるまでのんびり隠居というわけよ。  ……ん?ああ、そうか。ではまたな。いつでも来ると良い。