12月31日。深夜。 「あれ?教授って普段コンタクトでしたっけ?」 Cthyllaが緑茶を淹れてコタツへ戻ってきた。 「……キミの教授呼びは、今年はとうとう矯正できなかったな。」 先にコタツに入ってみかんを剥いている琉笑は、 珍しく眼鏡をかけていた。 「いいじゃないですか、教授。この呼び方の方が私も慣れてますし?」 お茶をお盆ごと置き、Cthyllaもコタツへ入る。 「……悪いとはいわんが、私は別に講義もほとんどしてないし、 ゼミを持ってるわけでもないし、あまり指導者的な立場ではないからな。 違和感あるし、堅苦しいじゃないか。」 なるほど、とつぶやきながら、Cthylaはみんかより先に 緑茶に口をつける。 「じゃあなんて呼べばいいんですか?先生?博士?」 二人揃うとコーヒーやココアを飲むことが多いのだが、 年末年始はやっぱりコタツにみかんとおせんべいであり、 そうなれば緑茶が良いあろうという結論に至ったのだ。 「いいじゃないか、普通に琉笑さんとか久藤さんとかで。」 琉笑も緑茶を口に運んだ。丁度よい温度だ。 「んー、でも、それだと特に親しくない人だって 琉笑さんとか久藤さんとか呼びますよね? 教授!とか、先生!とか、呼べた方が私的には嬉しいのですが……。」 うーんとうなりつつ、Cthyllaの手はみかんに伸びた。 「それだって、別にお前以外の職員も使う呼び方じゃないか。」 琉笑は、Cthyllaが何故か自分を教授と呼ぶのを気に入ってることが わかっている。だから強く禁止することはしない。 ただ、どちらかといえば名前で呼んでもらえた方が 琉笑としては距離が縮まった感じがして好きだった。 「まあまあいいじゃないですか、その内直しますよ。」 Cthyllaはやんわりと誤魔化しながらみかんの皮を剥いた。 プシッ。 「あっつぁっ!!」 突然、Cthyllaが目を押さえた。 「……」 琉笑は何もいわずに、予め用意してあった Cthyllaの分の伊達メガネと目薬を、 ティッシュと共に差し出した。 「……ありがとうございます。」 「最初はゴーグルをつけようかと思っていたんだが、流石にやめたよ。」 「……いい判断だと思います。」 かくして、伊達メガネをした二人が コタツでみかんとお茶を楽しむという図が出来上がった。 二人がみかんにだいたい満足し、 せんべいを食べ始めた頃。 「……そろそろですね」 Cthyllaが時計を確認しながらつぶやいた。 「そうだな」 琉笑が応じた16秒後 コンコン。 「はいはいどーぞ!」 Cthyllaの掛け声に答えるように、休憩室のドアがスパンと開く。 「……」 「……」 白い長髪。メカニカルな猫耳とインカム。 左半身に描かれた黒い紋様。 現れた赤い目の少女は、二人の姿を視界に捉えると、 おおもむろに右手を上げ、ぴっと敬礼の姿勢を取った。 「人格保有型AIプロトタイプ電脳少女MANA、 人形義体学習をあらたか済ませ、 テスト運用のためここまで馳せ参じました!」 「まあまあお茶でも飲むか? 「はいはいおかえりみかん剥いて?」」 「えぇー、お二人の反応なんか冷たいですー」 とか何とかいいつつ、MANAもコタツに潜り込んだ。 「だいぶ自然な動きになったな。 いわれなきゃ義体着たAIだなんてわからないんじゃないか?」 MANAが極々自然な動きでみかんを剥くその動作に、 琉笑は少なからず驚いていた。 「そりゃあ私の持てる知識の全てを総動員し全身全霊を捧げて 作り上げた最高傑作ですからね!」 Cthyllaは若干自慢げだ。 「Cthylla先生、私未だ魔術回路人並みにも使えないですし、 表情だって324通りという破格の少なさですし、 食事からエネルギーも作れませんし、 五感と感性の関連付け学習ほぼできてませんですよ? なんでもいいから絵を描きなさいとかいわれたら 幾何学模様とかしか描けませんですよ?」 MANAは綺麗に筋までとったみかんをCthyllaに渡しつつ苦言を呈した。 「それはそれでかわいいじゃない、アンドロイド属性として。 そういう創造性を要求されて困っちゃうアンドロイド!」 「ええ……私はひとのそういう創造がどこから来るかとか そういう脳の回路の部分とか精神構造体とかについても知りた…」 「MANA、今のみかん剥くやつ、もっかいやってみてくれ!」 「ええぇ……琉笑先生は琉笑先生で違うところに目が行ってますし…… いいですけどね。」 琉笑は普段筋を取る方ではない。単純に 「ヒトと同じ動作で完璧に筋を取りきるその所作」 に夢中になっているだけだった。 「本当なら人間らしさをもっと求めるなら、 こういうところも多少取り残しとかそうゆうゆらぎを 持たせるべきなんですが、まだ安全域が測り切れてないので 封印しているのですよね。 下手にやろうとすると汁が目に入るレベルで 潰しちゃったりするんです。うぎゅう。」 「……」 「……」 「はい、できました。どうぞ……って、あれ、どうしました?」 「いや」 「なんでもないよー」 琉笑とCthyllaはちょっと笑った。 「しかし、年内にどうにかここまではこぎつけました。 よかったです。」 「本当ですねー、コレもCthylla先生と久藤先生のおかげです」 「ん?何がだ?」 「こうして、3人で年越しがしたいというのが、 MANAの願いでしたからね。」 「ああ、そういうことか」 「わたくし、たいへんまんぞくであります。ふっふん。」 ゴーンという鐘音がした。 「あ、除夜の鐘、打ち始めましたね。」 「108回ちゃんと打ってるか数えましょうか?」 「そんな無粋なことするもんじゃありません」 「らじゃーです」 「まあ、敷地内に寺院がある事自体、 本来ならありえないことだがな……。 きっと今年もYogが打ってるんだろう?」 「例年通りならおそらくは。 ま、おかげさまでこうしてここにこもりきりになりながらも 108煩悩を払うことができるではありませんか」 「私、AIですから煩悩無いですよ?」 「知識欲があるじゃないか」 「欲と煩悩って等価なんですか?」 「それは私もわからないなぁ……」 ゴーン。 「……ところで教授、それ食べないんですか?」 「んー、なんか、食べてる感じがこう、みかんじゃない……」 「じゃあ私に下さい」 「いいだろう。はい、あーん」 「めんどくさいので全部渡して下さい」 「いいだろう」 「ありがとうございもがあああぁっ!?」 「あ、筋とらない方がお好きですか? そのくらいの調整なら可能ですよ!」 「いや、自分で食べるんは自分で剥くよやっぱり。 私にはどうも、みかんを剥くこの感触も、 みかんを楽しむためにひつようなものらしい」 そういうと、琉笑は別のみかんを手に取った。 「それはそれとして、見るのはおもしろいから、 Cthyllaのぶんは剥いてやってくれ」 「らじゃーです!」 「……私、みかんはしばらくいいです」 Cthyllは口元を拭きながら、せんべいの方に手を伸ばした。 今日は大晦日。今年もあと僅かだ。 「来年は、是非食事も可能な状態になりたいですね」 「ふふ、叶うといいな」 「絶対に叶えてやりますとも、Cthylla先生に任せない!」 「私はクリスマスに貰ったリュートを演奏できるようになりたいな。 弦楽器をちゃんと演奏するのはこれが初めてだけど」 「教授ならあっという間じゃないですか?」 「どうだろうなぁ……あまりにも未知の領域過ぎて何もわからん。 だが、その分かなりワクワクしている私がいるな」 「がんばって下さいね。私は……そうだな……。 今年こそ皆に名前を覚えてもらいます!」 「ムリだな」 「可能性はかなり低いですね」 「教授はまああれとしてMANAまでそれはちょっと酷くない?!」 新年も楽しく平和に過ごせることを願おう。